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4月, 2025の投稿を表示しています

ワサビスタンにおける議会制民主主義

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 議会制民主主義国家であるワサビスタンでは、日本や米国同様、二院制が敷かれています。上院、或いは参議院にあたる議会は「ワサビスタン大国民議会(Мажлисия Миллатыя Деккаия Васабистан/マジュリスィヤ・ミッラトゥィヤ・デッカイヤ・ワサビスタン)」と呼ばれており、下院は「市民評議会(Шурая Халки/シューラーヤ・ハルキー)」と呼ばれています。 市民評議会は国を45の選挙区に分け市民の投票により議員を選出します。一方、大国民議会は議員選出委員会の決定により選ばれ、市民に投票権はありません。この議員選出委員会は意思を持った人形から構成されており、国益と国民の利益を考え議員を選出します。 全ての法案はまず市民評議会で決議され、その後大国民議会の承認にあげられます。大国民議会が否決した場合、法案は差し戻しとなりますが、再度市民評議会から認められない法案が出てきた時は、じゃんけんで決められることとなります。大国民議会議員が議長とじゃんけんをして、最後に勝ち残った議員が独断で意思決定できる、というシステムです。このようにワサビスタンでは「数の暴力」に頼らない、公明正大な議会制民主主義を構築しているのです。 (写真:真剣なじゃんけん) (写真:市民評議会の選挙活動)

ワサビスタンにおける自動車産業

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 ワサビスタンは旧ソ連時代はロシアや東欧から車を輸入しており、自国の自動車産業が育っていませんでした。現在でもジグリ、ヴォルガ、チャイカなどのソ連車やトラバントなどの輸入車…骨董級の車が街を走っています。しかしながらソ連崩壊後、輸入代替を政策に掲げたワサビスタン政府は、外資との合弁により国営自動車産業DAS社 (Довлатну Автомобилну Санайи Шаркаты)を設立、国産車両がつくられ始めました。 (大衆車として人気の「サカナダーゼ (Саканадаазе)」) この車は国内だけでなく海外にも輸出されています。但し、兵器においては輸出用にオリジナルよりも性能を落としたモデル(モンキーモデル)を採用するのと同様、ワサビスタン国産車も輸出版ではエンジンを抜いて輸出しています。これにより、車押し人夫により押す、あるいはロバにひかせるなどしなければ進まないモデルとなっています。 海外で人気の高い小型車「サカナヤネン(Саканаянен)」 このような制約はありつつも、ワサビスタンの自動車産業は堅調に発展を続けており、市民が購入する車は殆どがDAS社のものとなっています。 (日本をはじめアジアで人気のモデル「コイニコイシテ(Койникойште)」)

ワサビスタンにおけるファミレス文化

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 ワサビスタンにおいて、ごく一般の家庭がよく通う飲食店は「ファミレス」と呼ばれます。ですがここにおけるファミレスは日本におけるファミレスとは若干コンセプトが異なります。 ファミレスは「ファミリー・レスリング・レストラン」の略であり、ここでは皆がレスリングを観戦しながら食事をとる、というエンタメを兼ねた場となっています。 ここでレスリングを行うのはプロではなく、観客=食事に来た客。 来客はまず待機所にて順番を待ち、その後家族でレスリングを行います。このレスリングで勝った者が食事を注文でき、負けた者にはスペシャルフードのみ提供されます。その名もワサビナン、つまりナンの上にワサビがてんこ盛りにされた料理です。 このスペシャルフードを食べたくないがゆえにレスリングはかなり本気のものとなり、観客をリアルに楽しませてくれます。レスリング終了後の食事タイムには家族の団欒には程遠い険悪な雰囲気が流れる家族が多いですが、これを乗り越えてこそ立派なワサビスタン市民、と幼いころから教育されているためか、市民のあいだでこれが本当に家族の不仲につながることは少なく、食事後はまた仲良し家族としてレストランを出ていくのがよく見られる光景です。

ワサビスタンの歴史(1)

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ワサビスタンは1924年まで王政が敷かれていました。最後の王(ハーン)はムハンマド・ワサビカライー(写真)は1890年に即位、当初は開明的な君主とされており、中央アジア初の成文憲法、イスラム世界においても1878年のオスマン朝のミドハト憲法に続く成文憲法として成立させました。ワサビカライー憲法においてはイスラム法(シャリーア)を廃し明文法を導入、人間の男女とタコに等しい権利を与えるなど進歩的な政策をとりました。 (写真:ワサビカライーの肖像) しかしながら1900年に入ると専制の度合いを強め、ロシア帝国を後ろ盾に中央アジアの知識層によるロシア帝国支配を打倒せんとする「ジャディード運動」を秘密警察により弾圧し多くの知識人を投獄しました。定説によると、このころワサビカライーはタコ占い(人間より賢いとされるタコに水槽に入れた札を引かせて意思決定をする)に傾倒し、タコの帝国を築こうとするタコの意思により人間の自由な思想を弾圧し始めたとされています。 1917年にロシア帝政が打倒されバスマチ蜂起と呼ばれる大衆蜂起が発生した後、数年にわたり鎮圧を試みたものの、最終的にはボリシェビキによる共産政府が政権を握り、ワサビカライーは日本に亡命、ワサビ・ソビエト社会主義共和国(ワサビSSR)が建国され、ソ連邦に吸収されました。 (写真:ワサビカライーの晩年の姿)

米トランプ政権の相互関税の影響について

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2025年4月9日より発動されるトランプ政権による相互関税は日本をはじめ各国で甚大な影響が懸念される中、各国とも手探りで対応を検討している最中のようです。ワサビスタンにおいてもこの影響は大きく、ワサビスタン政府は以下の声明を発表しています。 我が国は米国と殆ど通商関係がないにも関わらず40%の相互関税がかけられるのは不当と考える。これは一種の経済制裁と認識しており、我が国と米国との間の友好関係を著しく損なうものである。従い、我が国としては同等の関税を導入するのみならず、以下の経済制裁措置をとるものとする。 1. 我が国から米国に輸出する生わさびチューブのうち4本に1本はわさびではなく小麦粉を着色料で緑に染めたものとする。また、プリンの味をつけることにより消費者の味覚を混乱させることとする。 2. 我が国に渡航するすべての米国市民に入境に際して一発芸を課す。一発芸が面白ければ面白さに応じ最長90日まで滞在期間を設定する一方、面白くない場合は強制送還とする。 3. 我が国に流通するトランプのジョーカーはドナルド・トランプ大統領の写真とすることを義務化する。これによりトランプ大統領がババ抜きで押し付けあわれる苦痛を味わうことを期する。 4. 我が国に輸入される米国車にエンジンの装着を禁ずる。かわりに「車押し夫」を雇い人力で牽引することにより我が国の雇用を確保する。 これらの経済制裁によりワサビスタン政府は米国の翻意を促すことを狙っており、今後一層外交攻勢を強めていくものと考えられています。